世界を変える? ニッポン発ユニクロがパリジャンの心を掴むまで

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クリスマスを過ぎ、冬の大バーゲンも下火になった今、パリの街はどことなく寂しい。
モードの街、パリの既製服業界もさすがにこの世界的不況の波を免れることは出来なかったようで、去年のクリスマスを境に「テナント募集」の貼り紙をウィンドーに掲げる店が頻繁に目に付くようになった。

そんな中で、入場制限のできる程元気のいい店がある。
ニッポン発、ユニクロ パリオペラ店だ。


瞬く間にパリを席巻したユニクロ旋風

今、破竹の勢いでパリジャンを席巻しているユニクロ パリオペラ店が大々的にオープンしたのは去年の10月1日。
開店前から400人の長蛇の列が出来るなど、そのオープニングはとても華々しいものであった。
これだけ開店を待ち望まれていたということは、事前にブランドの認知度をゼロから一気に上げる操作があったはずだ。実際、私もパリでその展開を目の辺りにした者の一人だが、その大胆で戦略的な短期集中型の広告戦略はお見事の一言につきた。

あたかも、突然日本からパリのど真ん中にニュー・ブランドが上陸したかのような印象を与えたセンセーショナルな宣伝活動だったが、ユニクロの店舗自体は何年も前からパリ郊外(La Defense)にひっそりと存在していた。このLa Defenseという街は、パリから少し外れたところにある巨大ビルが建ち並ぶオフィス街で、その一角には近辺の住民やオフィスに勤める人が通勤の途中に買い物をする大型ショッピング・モールが存在する。フランス・ユニクロの初めての店舗はこのモール内にあったのだ。


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パリ・グローバル旗艦店の前進となったコンセプトショップ、La Defense店。


数年前にたまたま用事があってこのショッピング・モールに立ち寄った際、偶然、他の店舗に紛れてこぢんまりと店を構えているユニクロを目撃した。ショーウィンドウに「日本の品質」というキャッチフレーズが貼ってある他は、日本で知らぬ人はいないこのブランドの良さを訴える強烈な宣伝は何もない。他の店舗に比べて特に客が入っているというわけではなく、まったりとした現地フランス人店員の雰囲気からしても、日本のユニクロのような生彩を全く放っていなかった。「ユニクロといえど、フランスで成功するのは簡単ではないのかな」と、少し寂しく思ったのを覚えている。

ところがそのユニクロが、去年の夏からいきなり人が変わったようにパリで大々的かつアグレッシブな宣伝活動を始めたのだ。
看板、掲示板の他、地下鉄ホームの駅には「ユニクロ10月1日パリ上陸!」のポスターが所狭しと張り巡らされた他、殆ど全ての新聞雑誌媒体には必ずユニクロを紹介する記事が載せられた。殆どのパリ市内・近郊の国営バスが「日本のクオリティー、ユニクロ、パリ上陸」というド派手な広告を背中に背負いながら街中を走行するので、街を歩けば嫌でも応でもこの独特なロゴ「UNIQLO」が目に付くようになった。
車に乗っている時、ユニクロ広告を背中全体に貼ったバスの後方で信号待ちをしたことが何回もあったが、個人的にはこの「バスの背中の広告」が一番効果的だったのではないかと思っている。どんな無頓着の人でも信号待ちの間は、その間ブレーキを踏んで前方にそびえる大きな背中をじっくりと見つめざるを得ないからだ。

パリでの旗艦店を成功させる、という断固たる決意を象徴するように、一部の漏れもなくパリ圏内のいたるところにユニクロのロゴが飛び交った。この徹底した広告活動は2ヶ月にも満たなかったと思う。
しかし、この短期集中広告作戦で、老若男女を問わずパリ圏内の幅広い消費者層に「UNIQLOという、画期的な日本の衣料メーカーがパリにやって来る」ということをあっという間に認知させたのだった。


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Japanese Technology の結晶“ヒートテック"は、パリでも大人気。
品切れが続き、急遽日本から在庫を取り寄せたという。

彼らが掲げたキャッチフレーズは、主力商品ヒートテックに象徴される“Japanese Technology”。
ヨーロッパにおける「日本=技術大国」というイメージは、もはや子供でも条件反射的に連想するほど浸透している。そしてユニクロは、広告の要であるキャッチフレーズにこれを持ってきた。
ファッション性やトレンドが支配的な価値基準である既製服業界で、精密機械を連想させる「Technology」をブランドの強みとして掲げたユニクロの広告は、代えって新鮮で真実味のあるキャッチとなり、好奇心の強いパリジャンを大いに惹きつけた。
パリ店舗の客層に、いわゆるBobo =Bourgeois-bohème(≒裕福な自由人。経済的ゆとりがある心情左派の人を指す。)という高感度な人達が多い理由はその辺にあるのかもしれない。

同じ価格帯の既製服市場では、トレンド性豊かなZARAやH&Mなど手強い競合が存在するが、「Japanese Technology」「Japanese quality」という、日本が持つ強み、ポジティブなイメージを押しだしたことにより、これら既存の欧州大御所のブランドイメージとの差別化に見事成功したようだ。


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パリらしい小粋なディスプレイ。ショーウィンドウの中で、トータルコーディネートされたマネキンがぐるぐる廻る。


ユニクロのパリ進出は、5年越しの計画だったという。
この間、人の出入りの多い郊外のショッピングセンターにひっそりと小さな売り場を設け、着々と現地のマーケティング調査を進め、機が熟した時に、バーンと一気に広告費を投入するという短期集中型の広告作戦。
宣伝費を最も効果的に使った例ではないだろうか。

街に溢れていたユニクロ広告は、開店とほぼ同時期に、スーッと姿を消し、街角で広告を見ることは殆ど無くなった。
価格と品質の良さは厳しい日本の消費者によって既に太鼓判を押されている。いったんブランドの知名度を確立してしまえば、あとは街頭・媒体広告の力を頼らずに、売上げを伸ばしていく自信が十分あるのだろう。オペラ店も順調に固定客、新規客を獲得していっているようだ。


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私が12月上旬に始めてパリオペラ店に行ってみたときは、土曜日の午後という時間帯のせいかもしれないが、既に店の前には長い行列が出来ており、入場制限がされていた。

なんとか店に入ってみると、厳つい顔つきの警備員兼入場整理係が立っていて、入り口で「一般買物客」と「返品・取替え希望客」を手際よく分けて誘導している。恐らく店内の混雑を避けるために、返品だけを目的に来た客には、入り口と直結している返品用レジに直行してもらう、という配慮なのだろう。

店員の構成はフランス人と日本人が半々という印象をうけた。
フランス人店員も日本式の研修を受けているらしく、きびきびと身体がよく動く。商品を手にもってウロウロしていると、「Madame, これにお入れ下さい」とスッとカゴを差し出してくれるし、試着室はどこか、と聞くと自らそこに連れて行ってくれる。日本では当たり前のことだが、フランスでは決してありえなかったことだ。
ズボンの裾直しも日本と同じく無料で、出来上がりは20分後ということになっている。試着室から出てきたフランス人がこのサービスを知って“C’est genial!(=それは素晴らしい!)”と感動しきった声を上げていたのが印象的だった。

レジには常にフロアを半周するほどの行列が出来ているが、回転は恐ろしく速い。
一つのレジが空くと、その担当者が手を挙げて「次のお客様!」と大きな声で点呼する。行列の中の客もぼやぼやしていられない。

フランス人の店員といえば、勤務中の同僚との私語は当たり前、何か問い合わせをすると「それは私の担当ではないから」と、たらい回しにされるのは日常茶飯事だ。
そういう国に、「お客様は神様」という文化の国にあって、さらに顧客志向で有名なこの企業が、「日本のサービスを徹底する」という揺るぎない信念をもって乗り込んだのだ


「FROM TOKYO TO THE WORLD - 服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という挑戦


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進出以降、現地の文化や慣習に逆らわず「フランス化」してしまう日本企業が多い中で、ユニクロ パリオペラ店は断固たる意志で「日本のユニクロ」をそのままフランスに移植しようとしているようだ。今のところ、商品・サービスの質において妥協は一切見受けられない。
従業員がフランス人だろうと日本人だろうと、彼らは「ユニクロの人」ということで容赦なく日本同様のサービス、品質をカスタマーに提供することを徹底している。

しかし、そこで素朴な疑問が頭をよぎった。
商品の質はともかく、店舗でのサービス、つまり従業員の質を日本と均一にすることについては生身の人間と文化に拘わる問題だけあって、一筋縄ではいかないのではないか。
しかも、従業員の半分は日本人と全く異なる労働観を持ったフランス人である。
このギャップをどのように超え、「日本方式」を浸透させているのか、この当たりの事情について、在仏日本人として現地採用され、立ち上げの時からオペラ店に勤務されているCさん(正社員)にお話を伺った;


オペラ店立ち上げにあたって、事前に大規模の人材募集がなされた。失業率、雇用率の低下が深刻化しているパリで、まず創業メンバーとして募集したのは200人。
募集はインターネットや在日日本人が読む新聞の求人広告で行われたが、応募は殺到したという。
年齢制限無し、ユニクロが求める適性と高い意欲があれば誰でもここのスタッフになれる。
この「ユニクロが求める適性」を持つ人をセレクティングするために、書類審査と面接が行われている。特に面接は独創的で、その人の適性や接客・販売業に要求される「気付き」の感覚をチェックする為に様々な工夫が凝らされていたという。
無事に面接をクリアし、晴れて採用された人達は、周到にプログラムされた研修をじっくり受けることになる。基本的に、最初の研修を受けた創業時メンバーが次の採用メンバーの研修に拘わる、そしてその研修を受けた人達が次回の採用者を研修する、というように、「先輩による後輩のフォーメーション」システムが取り入れられている。創業メンバーとして、次の採用人員の研修にも拘わったCさんは、これによって、社員としての責任感と職業意識が高まったという。


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日本でもフランスでも色々な業界で働いてきたCさんは、現在の職場について「若々しくダイナミックな会社、クリーンでクリアな会社」と表現する。
採用に年齢制限は無いとはいっても、殆どが20代の若者で占められるスタッフの中で、成人しているお子さんを持つCさん。現場で年齢のギャップを感じるのではないかと多少の不安はあったが、実際に働き始めると、「逆に、日々職場から若さとバイタリティーをもらっていると感じる」という。
分かりやすくいうと昔で言う体育会系の職場で、肉体的にはラクでは無いが、彼女にとっては、顧客最優先主義というユニクロの経営方針とその運用方法が自分にとってクリアで100% 納得できるものであるため、今のところ充実感こそあれ精神的なストレスや不満は感じないという。

従業員から見たクリーンな会社という印象は、特に徹底的な能力主義が導入された昇進システムや、上司が「自らやってみせる」従業員教育方式に向けられる。
例えば、ここで昇進するには、管理上のノウハウを習得することだけでなく、商品の早畳み、レジの操作、ミシンでのズボンの裾上げといった、現場で要求される技術の全てをマスターしていなければならない。
また、30代の若い店長さんが現在実行しているように、上に立つ者は、全てのユニクロの技と心を余すことなく部下に伝えるということが徹底されている。
そして、技術を部下に教え込むにあたっては、マニュアルや口頭だけに頼るのではなく、マネージャーが身をもってデモンストレーションする。例えば、「○分間以内に○枚セーターを畳めなくてはいけない」と指導した後、必ずそれが物理的に可能だということを証明すべく、スタッフの一人にストップウォッチを握らせて、自ら研修生の前で早畳みの技を披露する。
いくら「そんなの無理―」と自分を甘やかしがちなフランスの若者も、上司が目の前で実際にそれをやってのけたところを見てしまうと、素直に納得するようだ。
管理職は奥の方で数字だけを管理して、現場は販売員に任せっぱなしという縦の棲み分けが激しいフランスの販売業界において、この点でもユニクロは革新的であるといえよう。


ユニクロの目標『服を変え、常識を変え、世界を変えていく』ことを販売の現場でも徹底すべく、毎朝行われる朝礼の締めくくりには、必ず「いらっしゃいませ」「お待ち頂き有りがとうございました」「かごをお持ち下さい」などの6つのフレーズ(←フランス語)を皆で唱道し、最後は「宜しくおねがいいたします!」と日本語で言いながら45度のお辞儀でしめるという。また、いつも最善のコンディションで来店客を迎えられるよう、開店前・開店後にはそれぞれ3時間もの時間をかけて準備をする。

基本的にここで働く人達は、この妥協のない徹底した顧客志向の精神に惹かれて入社したはずだし、仕事を通じての自己の成長に充実感を感じている人が殆どだ。しかし、この日本的な完璧主義は、顧客側から歓迎されても、サービス提供者側である従業員に負荷をかけることなくして実現するのは難しい。

実際、儲かっても従業員になかなか旨味が回ってこないストイックな財務システムや、完璧な顧客満足を追求するがあまり慢性的になる超過労働や深夜残業などに典型的な日本企業の姿を見、そこに限界を感じて去っていく人も少なくないという。

日本人にとって労働・仕事は尊いことであり、沢山働く人は尊敬されることはあれ、白い目で見られることはない。「今日一日、お客様の為に何ができるか、何ができたかを常に考えろ」と社長が従業員に訓辞できるのは、日本ならではの文化ではないだろうか。
一方、フランス人にとって労働は基本的に苦痛であり、生きるための必要悪のような感覚がある。それ故、労働と私生活を神経質な程にきっちり分け、年に数回数週間にわたる長い休みをとる。仕事のことを考えるのは身体が会社にある勤務時間中のみのことで、私生活においてまで社訓を人生哲学として取り入れることはない。

こういった意識の違いが顕著に表れるのが就業時間のとらえ方で、日本ではたとえ終業時間を10分~20分過ぎていても、途中までやった仕事はきりのいいところまで終わらせる。しかし、フランス人は、規程の終業時刻15分前からソワソワして帰り支度を始め、1分たりとも規定時間以上仕事場に残ることを避ける。従って、終業時刻直前に何かものを頼んでも「時間ですから」と、時計を指しながらあっさり断られてしまう。

フランス人を雇用しつづける限り、こういった文化の違いによる問題は避けられない。
今後、グローバル旗艦店の一つであるパリオペラ店は、従業員の定着率を重視し、その運用をだんだん「フランス的」にしてしまうのか、あるいは、あくまでも日本発信の日本式を貫きつつ『服を変え、常識を変え、世界を変えていく』いくのか。


余談だが、この点について最近柳井社長が「年内に数百人の規模のグループ社員を海外に転勤させる方針を発表した」というニュースを目にした。これによって現在約100人いる海外勤務者数が一気に増えるとのこと。

決断の早い柳井社長は早くも、少数の派遣日本人社員によって現地採用社員に「日本式」をたたき込むことの限界を察知し、日本人社員だけで「海外での日本式サービス」を発信することにしたのだろうか。あるいは、現地採用者を対象とした本格的な教育システムを更に強化するための人材補強なのか。

グローバル旗艦店第3号というパリオペラ店が、今後どのような展開を見せていくか、同胞としてその更なる成功を祈りつつ陰ながら応援したい。


2010年02月01日