パリ発 ― 美しきデンマーク人デザイナーの心意気
ブラビーさんの16区の自宅にて。このロッキングチェアーはお母様の形見
衣食住は、生活の基本、人間として生きていく上での基本であるが、その衣食住を構成している衣服、食物、住居の「作り手」自身と出会う機会は以外に少ない。なぜなら、それらの消費者・購買者が直接に接するのは殆ど「売り手」であって「作り手」ではないからだ。
そんな社会構造の中、少なくとも衣・食・住のどれかにおいて、「作り手」の存在や意志をはっきり感じさせる物に出会えることは貴重だし、幸せなことだと思う。
パリの服飾業界で活躍する一人のデンマーク人女性と彼女の作る服に出会って以来、そんなことを考えるようになった。
Anette Braaby Nielsen(アネット・ブラビー・ニールセン)さん。
彼女は、服飾業界でプレタポルテといわれる高級既製服をデザインし、制作し、自ら所有するブティック(販売店舗)で販売する女性実業家である。
彼女の特異な点は、デザインという創作活動と、ビジネス(管理・販売)を全部一人でこなしているということである。構想を練り、素材を仕入れ、製品化し、それを販売するだけでなく、店舗での接客、掃除、ゴミ捨て、会計等全て一人でまかなっている。
つまり、作り手と売り手を一人でこなす希有な存在である。
3年前にその爽やかでクリーンな店構えに引きつけられるように初めて入ったブティックの名前は、「By Braaby」。自身のミドルネームをとったものだ。
外観同様、真っ白に塗られた店内には、白いテーブルとソファーがしつらえてある。インテリアで唯一色があるとしたら、観葉植物のアイビーのグリーンとそのアルミ色の鉢である。
その潔いほどにシンプルな空間に、仕立ての良いスーツやシルク、カシミヤといった上質素材のブラウスやセーターが絶妙なバランスでディスプレイされている。色は、黒白の他に、デリケートなグレーやベージュ。たまに紫などの色ものがあるが、全体の割合からすると「差し色」」程度。柄物も少ない。
このお店のオーナーであるBraaby(ブラビー)さんは、笑顔が美しい長身の金髪女性である。
最初はちょっと見るだけのつもりが、彼女の人なつっこい笑顔に引き込まれて、ついおしゃべりが弾んだ;
「この近所でよく買い物をするのですが、こんな素敵なブティックがあるとは知りませんでした。最近オープンされたのですか?」
「ええ。今年の夏に」
「フランスのクリエーターの作品を置いてらっしゃるのですか?」
「私が作ったものです。もっとも、私はデンマーク出身ですけど。」
その華やかで伸び伸びとした外観から、最初は“物作りの人”というイメージが湧かなかった。それもそのはず、彼女はプレタポルテのクリエーターに転身する前は、パリで活躍するファッション・モデルだったのだ。

去年、久しぶりにプロのカメラマンから撮ってもらった1枚。さすが、元モデルの貫禄!
21歳の時、デンマークで仕事をしていたフランス人カメラマンに見初められ、モデルとしてスカウトされる。5年間の専属モデル契約を結び、渡仏。それから30年以上パリで生活している。
契約期間はモデルとして数々のファッション雑誌を飾るも、次第に「服を作る」ことへの関心が目覚める。
モデル業をしながら、服飾学校ESMODEの夜間コースへ通学。卒業時にたまたま作ったプロトタイプがフランスの大手既製服メーカーTed Lapidus(テッド・ラピデュス)の担当者の目にとまり、製品として採用されることになった。それが非常に評判良く、評判が評判をよんで、彼女に自社向けのデザインを依頼するアパレル会社がどんどん増えてきた。固定客が安定して来た頃を見計らい、株式会社を設立。従業員も4人雇った。
この頃の彼女は、個人を相手にする店頭販売ではなく、主にアパレル会社を顧客とする企業販売に専念していた。オールド・イングランド、ジョルジュ・レッシュなど、取引のあるクライアントは大手ばかり。
日本のアパレル会社やデパートとも大いに仕事をした時期もある。彼らのプライベートブランドの一部を手がけていたのだ。
私と日本の話をする度に、目を輝かせて、「以前、日本のデパートとも沢山仕事をしたのよ。SEIBUとか、TAKASHIMAYA とか。」とその頃を懐かしむ。
ところが、彼女もここ10年の間にじわじわ訪れたアパレル業界の不況のあおりを受けることになる。
今まで、大量取引のあった大手取引先の支払が滞ってきたのだ。
取引額が大きいが故に、支払われなかった場合の打撃は大きい。また、売上も不景気が続くにつれ下降していく。取引先自体が倒産や営業閉鎖などでどんどん減っていくからだ。いよいよ事態が深刻になって来た時、彼女は事業を大幅に縮小することを決意した。
大手業者との取引はやめ、事務所を兼ねた路面店を設け、主に個人消費者、専門店を相手にする方向に転換した。4人の従業員も断腸の思いで解雇した。
その路面店が、この「By Braaby」というブティックである。
「一番大事なことは継続していくこと。それには日々確実に現金が入ってくることがとても大事なことなのよ」と彼女は静かに語る。
路面店で顧客がセーターを1枚買う場合、確かにその金額はその時点で確実に入金される。
個人を相手にした場合、一度に何百万円という取引は出来ないけれど、キャッシュ・インという点では長い支払サイトで取引する業者相手より、はるかに確実なのである。
金銭面だけではなく、この路面店展開には彼女のデザイナー人生に一つの契機をもたらした。自分の名前を掲げる“自分自身のブランド”を世に出すことが出来たのだ。
今までは、自らのブランド・製品ラインを持つデパートやアパレル業者の要望に従って服作りをしてきた(製品はもちろん顧客の付けるブランド名で売られる)。
しかし、今は自分のイメージする客層に向けて自分の作りたいものを作り、それを世に発信することができる。クリエーターとしての原点に戻ることができたのだ。
そんな彼女が頑なに貫く服作りのコンセプトは、「素材のクオリティー、エレガンス、シンプリシティ」である。
それが嘘でないことは、一度彼女の服に袖を通してみれば分かる。
彼女が東奔西走して選び抜いたこだわりの生地を最大限に生かすべく、デザインは至ってシンプルである。そのくせカットは計算尽くされていて、びっくりするほど着心地がよい。それになんといってもエレガントである。着たとたんに自分の「格」が一回りも二回りも上がったような気がする。
そして、既製服といえども、あくまでもその服が着る人にパーフェクトにフィットするように、「お直し」の手間を惜しまない。例えば、試着してみて少しでも袖に余計なたるみがあれば、直ぐにピンを打つ。その微妙なピン打ちを施された服が、リフォーム店に回され、数日後自分の身体にぴったりあった服となって手元に渡される。このリフォーム代は請求されない。
彼女が単なる販売員ではなく、その洋服の「作り手」その人だからこそ、このような完璧主義を貫くことが可能なのだろう。
Braabyの顧客であり友人である女性達が集まるカクテルで。
Braabyの作る服、彼女のブティックは全てその人柄を反映しているし、それに共感する女性客からは絶対的な信頼を寄せられている。
商店街の喧噪から離れたパリ16区の閑静な住宅街にこの店をオープンするとき、訪れる女性客に「友達の家に遊びに来たような」雰囲気を持つ店にするのが夢だったという。
そしてオープンから3年後、そんな「友達の家」はいつもそこで顔を合わせる常連さん同士の交流の場になりつつある。
Braaby のファンであり、友人でもある彼女達の顔ぶれは幅広い。医師、女優、銀行員、インテリアデザイナー、セレクトショップ経営者、建築家、報道担当者等々、色々な分野で活躍する女性達が2ヶ月に一度の割合で開催されるカクテル・パーティーに集まる。
パーティーの趣旨は新作発表であることが多いが、そこでは和気あいあいとお洒落談義から始まって、異業種間の情報交換の場にもなっている。
初対面同士でもこの場に来れば直ぐに打ち解け、旧知の間柄のように親しくなるのは、そこに集まる全ての人を知っているBraabyが、コネクターとしての役割を上手に演じているからである。
彼女のブティックの売上は、基本的にこういった常連達に支えられている。
昨今の世界的不況の中、プレタポルテの世界で事業を続けていくのは決して容易ではないが、彼女が自分の信念に従って「いい物」を作り続けて行く限り、その人柄と作品を愛する女性達は決して彼女のもとを離れないだろう。
「人柄」と書いたが、彼女は別に偉大な人格者だから愛されるのではない。むしろその子供のような純粋さと素直さが人を惹きつけるのだと思う。見栄を張ったり、自分を良く見せたりするようなことは一切ない。仕事が上手く行かなかった時や自信を持って勧めた服が顧客の支持を得なかった時は本当に悲しい顔をする。一方で、気に入ってもらったり褒められたりすると、はにかみつつも誇らしい気持ちで一杯の笑顔を浮かべる。
この笑顔を見ると、やはりこの人は「物作りの人」だ、とつくづく思うのである。
もう一点その人柄について付け加えるとすれば、生活感やしがらみというものを感じさせない飄々とした潔さである。
それは異国に一人で生きるという、彼女のライフスタイルにも関係するのかもしれない。
一人っ子で兄姉はなく、母国の両親は早く他界してしまったため、21歳の時にパリに来て以来、殆どデンマークに帰ることなく仕事に打ち込んできた。
その間長く続いたロマンスもあったが、決して結婚も子供を持つことも考えなかった。
自分にとって、またその天職にとって「自立と自由」は呼吸をすることと同じくらい自然で不可欠なことだから、という。
仕事でも私生活でも自立を貫く、そんな彼女が同じように大事にしているものは「友情」である。
家族にも結婚にも頼らず一人で生きてきたからこそ、友達の存在の有り難さやお互い支え合うことの大切さを知っているのだろう。
客層の顔ぶれから推測されるように、Braabyの交友範囲はとても広いし、お互い何か問題があったら、直ぐに駆けつける間柄である。
仕事場でもいつも一緒の愛犬タイス。ブティックの入り口にいることが多いので、ドアを開けられなくて困る時も???
今年54歳になったBraabyは、そういった友人達と愛犬タイス(仕事場でもいつも一緒)に励まされつつ、確実に自らの道を歩み続ける。
3年前に取引先を大手から個人へと転換してから、ヨーロッパ以外にもアメリカ、ドバイと少しずつ固定客を獲得し始めている。
長引く不況の問題もあるが、これからはチャンスを掴んでもう一度日本とも仕事をしたいとも思っている。
「今度は私自身のブランド“By Braaby”で!」
そう語る彼女の目には自分がデザインした服をまとい、生き生きと街を闊歩し仕事に打ち込む日本女性のイメージが既に浮かんでいる。
食べ物でも衣服でも、共感を覚える「作り手」の存在とメッセージを感じるものに出会い、それを生活に取り入れることは人生を豊かにしてくれる。
彼女が作った服に惚れ込み、それを手にする境遇に恵まれた女性達は、この快適且つ「女を上げる服」に身を包み、それぞれのシーンで活躍するのだろう。
2009年11月30日


