ヨーロッパの翻訳者 ~ イタリア語翻訳者ラファエラさん(前半)

<最初の出会い>

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コーディネーターとして駆け出しの時、会社のHPの6カ国版を作る、というプロジェクトを担当したことがあった。
6カ国語は全てヨーロッパ言語で、当時売り出しはじめたSDLXという翻訳ツールを使っての作業が予定されている。
まず最初にクリアすべきことは6カ国語の翻訳者を調達することなのだが、その時のイタリア人翻訳者との出会いが今の自分の職業観に与えた影響は大きい。

彼女の名前はラファエラ。
初めてコンタクトをとったのは、電話でであった。
その際、こちらは日本の翻訳会社で、英語→イタリア語のHP翻訳の案件でご相談したい云々、と切り出した覚えがある。
最初の彼女の反応は芳しいものではなかった。「日本の」という言葉に警戒心を持ったのは明らかである。この種の反応は初めてではない。個人の翻訳者は万が一の場合に支払いを訴求できない外国の翻訳会社からの発注は警戒して避ける傾向があるのである。

とっさに相手の不信感を感じとった私は、「とにかく一度お会いできませんか? お仕事を受けて頂くかどうかは、まずこちらのお話を聞いて頂いてから」と、誠意を込めて提案してみた。
もう時間はない。この最初の面談で、なんとか相手の信頼を取り付けなければならない。
私は自分のノートPCにプロジェクトに関する資料の他、自分の身分と会社について説明できるあらゆる情報を詰め込んで彼女の指定した喫茶店へ向かった。
時間きっかりに現れた彼女は、喫茶店でただ一人アジア人である私を見つけ、満面の微笑みをたたえて近づいてきた。先ほどの電話口の応答からは想像がつかない笑顔である。彼女が入ってきただけで店の温度が一度上がったと思う程、一種のエネルギーを感じた。
ウェーブがかかった豊かな明るい栗色の髪。暖色がセンス良く取り合わされた個性的な服装。小柄だが、存在感のある人だ。
席に付き、軽く自己紹介を交わしたあと、我々は直ぐに本題に入った。
この翻訳は、今まで主要なツールであったTRADOSではなく、当時まだ市場に出て間もないSDLXというツールを使った作業となるために、本人の前である程度実演してみせる必要があると思っていた。
そこで、持ってきたノートPCを開き、既にSDLXに組み込まれた原本ファイルで実演しながらツールの使い方を一から説明し始めると、
「ちょっと貸して」と、彼女は画面を自分の方に向け、上から下へと、ものすごい早さでイタリア語を入力し出した。ちょうどプロのピアニストが、新しいピアノの癖や使い心地を確かめる為に何曲かサーッと弾いてみる、そんな感じであった。
翻訳を入力しながら、「用語を選ぶ時はどのキーを押すの?」「保存するときは?」
「行をジャンプするのに、一番早い方法は?」「この固有名詞は造語っぽいけど、どういう意味?」等々、矢継ぎ早に質問を投げてくる。
どの質問も具体的でクリア。ダイレクトに本題に切り込んでくる。しかし不思議と失礼な印象は受けない。彼女と頭をフル回転せざるを得ないスピーディーな問答をしている間、私は初めてこの欧州でプロとして看板を掲げている翻訳者のレベルというものに触れた気がした。百聞は一見に如かず。数週間かけて講義や研修を受けるより、一流の完成品を一目見た方がはるかに学ぶ事が多いことがある。もちろん、私はイタリア語を学んだことはないし、彼女の過去の翻訳作品を専門家と評定した訳でもない。しかし直感的に分かる。この人はプロだと。

そして、凄い早さでファイルに一通り目を通し、人のPCを色々いじって(?)ツールの使い勝手も一通り押さえたあと、「OK。日本の会社と仕事をするのは初めてだけど、この仕事、あなたを信頼してお引き受けするわ。明日中に発注書を送って。」と、快諾してくれた。
そして、一言残念そうに、
「あ、さっき入力した翻訳、保存しなかったでしょう? 残念ねぇ。まあたいした量じゃないからいいか。」
正直いって私は、さきほど彼女はただ単にツールの使い心地を試す為に、適当なイタリア語を入れていただけだと思っていたのだ。しかし本人はちゃんと「翻訳」していて、1セグメントに平均してかかる翻訳の時間というものを計算していたのだった。
そしてその上で、自分がファイル全体を翻訳するには何時間必要か、他の仕事と掛け持ちしても納期までに間に合うか、という計算を瞬時にしたのであった。

その後、正式な発注書を出して本格的に翻訳を始めてもらったのだが、1ヶ月ある納期で彼女は2週間で納品してきた。他の仕事も抱えていたので、それらを仕上げてから取りかかってくれたので、他の5人よりもスタートは2週間くらい遅かったはずだ。しかし品質的には申し分のない翻訳を納品してくれた。


<プロなら一日3000ワード。自分の最高は5000ワード>

彼女のプロ翻訳者としてのスタンスははっきりしている。
品質とスピード。そして忘れてはならないのが営業的センスだ。
まず、品質。誰が判断するかというと、言語学者でもなく自分でもなく、発注者であるクライアント、あるいはその発注者のクライアントである。どんなに「私の翻訳は文法的には間違っていない」と主張しても、クライアントが望む結果になっていなければもう注文はこない。一方、クライアント、ひいてはそのクライアントのニーズを先読みする翻訳サービス、いわば痒いところに手が届くような翻訳をすれば、彼らが離れるわけはない。それどころか口コミで客層は広がるばかりである。
だから、どんなに馴染みになっても気は抜けない。彼らをつなぎ止めておくためにはよい仕事をするしかないのだ。

一方、クライアントが広がっても、彼らの注文をカバー出来なければ意味がない。注文が来るたび「すみません。現在他の仕事で手一杯で」とばかり言っていては、新規顧客はおろか固定客も離れていってしまう。また、1ワード訳してなんぼの世界なので、高収入を望むのであれば数をこなせなければ話にならない。その意味でも、「スピード」はプロ翻訳者として、品質と共に不可欠な要素なのである。
ラファエラ曰く、
「我々の業界でよく言われる基準は、一日3000ワード。私の最高は1日5000ワード。」
では気になる彼女の収入は? 数年後大分親しくなってから聞いてみた。
平均月額で4500ユーロ。通訳業が入った月は8000ユーロを超えるという。

もちろん、これだけ稼ぐには普通のサラリーマンとは違うライフスタイルになるのは当然である。まず、土日に働くのは当然、忙しい時は一日15時間仕事に精を出すという。通訳者という顔も持つため、移動の多い毎日であるが、いつでもクライアントが連絡をとれるように通信環境は万全にしている。VAIOとi-Phoneは世界中どこに行っても手放さない。
何年も彼女と仕事をしているが、メールでも電話でも、レスポンスの早さは群を抜いている。また、どんな仕事でも彼女から多忙を理由に仕事を断られたことは一度もない。
彼女のメールは(電話も)とても短い。即答即決。フリーランスという立場上、本業の他に秘書業も営業も経理も一人でこなさなければならない。時間をかけて慇懃な対応をするより、最小限の時間と言葉でクライアントに即答することを自分の営業スタイルとしている。

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パリの喫茶店で打ち合わせ中、iPhoneに目をちらり。「あ、日本のサンフレアのコーディネーターからメールが1本入ってる!」

では年柄年中仕事漬けになっているかというと・・・・・ 
続きは後半で。


2008年10月14日