フランスにみる少子化対策~第9話(最終回) 母親になっても...

女性の職業事情、国のバックアップシステム、カップルの形態...
フランスの女性がこんなにも飛躍的に子供を産むようになった要因を色々挙げてきたが、つまるところ、これら全ての現象が、子供中心ではなく「大人中心の社会」が具体化された形ではないかと思う。

この「大人」達は、自分達の人生をどのように演出していくか、いつも真剣である。
子供を作ると決めるのも、「自分の人生を素晴らしくするには子供が必要だから」。
そして子供の存在は自分の人生の1部であって全てではない、と言い切ることをいとわない。

女性にとっても、子供と仕事、恋愛(夫との関係も含めて)、友達との付き合い...
これらはどれか一つ選ぶべきものではなく、全て人生を豊かにする上で必要なものと看做されている。
フランスの女性は、母親だけになり切ることを断固として拒否し、これらの要素をいかにバランスよくこなすかに忙しい。
そして、そのためには、大きな出費をして子供を他人に預けるのもいとわない。

日本人の感覚からは、こういう彼女達の意識が、母親として中途半端とか、我まま、無責任と感じられる部分もあるかもしれない。
しかし、この母親達のある意味での我まま、バランス感覚が「育児ストレス」ひいては「幼児虐待」という社会問題を縁遠いものとしているのは確かである。

「自分勝手」なフランスの大人たちは、他人の「自分勝手」にも寛大である。
妻子のある男性の子供を一人で産もうが、子供が出来た後に男性が別の女性のもとに走っても、社会的、法的に糾弾されることはない。
ラテン人の国らしく、こういう場面には皆、「人生とはそういうものだから仕方が無い」と、実にアッサリ理解を示す。

実際、くっついたり離れたりと何かと慌しいフランスの恋愛社会において、離別後、二親の間を一週間ごとにボールのように交代で過ごさせられる多くの子供達を見ていると、確かに大人の身勝手さを感じざるを得ないことがある。

しかしそういった弊害を差し引いても、「子供を作り育てる」ということについて、どういう動機で、どんな相手とどんな方法でやっていくかについて、世間から干渉や批判を受けずに、自由に決められ、且つその結果についても平等の待遇を受けられる社会の方が、古典的な「母親のあるべき姿」が規範として根強く存在している社会よりも、出生率への足かせは少ないようだ。

子供を持つフランス人の友人はいう;
「子供の幸せはもちろん重要。でもその為には、まず母親である自分が生き生きして幸せでなければね。」

2008年06月01日