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<title>フランス通信ブログ</title>
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<description><![CDATA[<div nowrap>サン・フレアのフランス駐在コーディネータによるフランス通信ブログ</div>
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<title>ヨーロッパの翻訳者　～　イタリア語翻訳者ラファエラさん（後半）</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000330.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="IMG_0660.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/IMG_0660.JPG" width="336" height="448" /></p>

<p><br />
<em><strong>＜よく働き、よく遊び、よく学ぶ好奇心旺盛なイタリア人＞</strong></em></p>

<p>では年柄年中仕事漬けになっているかというと、そうでもないらしい。<br />
普段は土日と平日の区別なく働いているが、年に最低２回はたっぷりとしたバカンスをとる。<br />
行き先はセイシェル島やタイ、モルディブ、ポルトガル、シチリア島と、太陽と海のあるところであれば、どこでもいい。彼女に仕事を頼もうとして電話を掛けたらどこかのビーチで読書していた、ということがよくあった。それでも仕事はその場で（バカンス先）直ぐにしてくれる。</p>

<p>また、映画鑑賞や読書は単なる楽しみを超えて「商売柄必須」の日課という。<br />
「よくある落とし穴で、外国で翻訳者として長く生活していると、その国の言葉には強くなるけれど、自分の母国語の質が落ちてくる。翻訳者は自分の母国語をターゲットに翻訳をするものだけれど、話していても書いていても自分の母国語がピシッと“きまらなくなる”時が多くなる。そいうことを防ぐために、時間さえあれば母国語（イタリア語）の本をむさぼるように読んでいる。外国語を正しく理解するのは当たり前として、究極的には翻訳者は母国語に対する感度を研ぎ澄ますことが一番大事。」</p>

<p>彼女は明るい。そして何事にも好奇心旺盛だ。<br />
この道を選んだ伏線は6歳の頃にさかのぼる。子供の時から外国語を耳にするのが大好きだった。<br />
ある時、父親が「犬は英語でdog 猫はcat」 のような話をしたときに、同じ事象を自分の国とは全く別の言葉で言い表す文化があることに、そこはかとない興味を抱いたという。それを機に直ぐに子供を対象とした英語学校に通い始めるも、先生と相性が合わなくて１年後にその学校を去る。しかし、将来は外国語を使う仕事に就くという意志は固かった。バカロレアの後、大学は翻訳・通訳学科に入学し、通訳と翻訳における英語とフランス語を極める。その後入学試験の厳しさとスパルタ教育で有名なフランスの翻訳・通訳の名門校に留学。その業界なら誰もが知る権威ある名門校のディプロマが効を奏してか、最初から仕事には事欠かなかった。<br />
「とてもフランス的だけど、まず全てはbon dossier“良い書類”を揃えてから。」<br />
つまり、フランスは厳然とした学歴・書類審査社会。早く確実に出世コースに乗りたいのであれば、人柄、実力以前に、まず知名度のある学校の卒業証書を手に入れるのが有利、という意味である。</p>

<p></p>

<p><br />
<em><strong>＜お洒落で面倒見のいい姉御肌<br />
　　　　　　　　　　　　－窮地を救ってくれたラファエラの魔法のアドレス帳＞</strong></em></p>

<p>ところで、16年のキャリアに裏付けられた自信を物語ってのことか、彼女の履歴書は憎いまでにシンプルで“お洒落”である。<br />
グラフィック・デザイナーにデザインさせたアーティスティックな「自分のロゴ」をヘッダーに、言わずもがなの最終学歴と対応言語、誰もが一度は聞いたことのある主要クライアント名、そして今まで手がけてきた翻訳分野だけが絶妙な配置で書いてある。<br />
これは不真面目さからでも嫌みからでもない。彼女が自分自信を商品と見なし、独自の美意識で自己紹介しているのである。</p>

<p>最初の仕事に対する支払いがつつがなく行われると、彼女も安心したせいか、サンフレアからの仕事は二つ返事で引き受けてくれるようになった。<br />
実は、万事順風満帆に進んできたと思わせる彼女の翻訳家人生にも１つの苦い思い出がある。まだプロとしてデビューしたての頃、アメリカの翻訳会社の駐仏コーディネーターから連絡があり、4000ドルに相当する仕事を引き受けた。このコーディネーターはとても誠実で納品までは全てスムーズに事が進んだが、いざ請求書を出したら何の返事もない。彼が事務所としている所も蛻の殻。アメリカ大使館に調査してもらったところ、発注した会社は倒産して、翻訳者としては泣き寝入りするしかない、と言われた。この事がトラウマになって、フランス、少なくともEU圏に本社のない会社とは取引をしないようにしたという。</p>

<p>ラファエラは、翻訳をきっちりこなしてくれるのはもちろん、欧州言語のプロとして我々に貴重なアドバイスをしてくれることが多い。<br />
また、多言語の翻訳者の開発が思うように進まず困っていると、業界で顔の広い彼女は「魔法のアドレス帳（彼女がいつもそう呼んでいる）」を取り出し、自分の同僚を惜しげもなく紹介してくれる。　　　　　　　　　　　　　　</p>

<p>現在、ラファエラとは年齢も近いせいか公私に渡り親しくしているが、彼女に会う度にアドレナリンが上昇し「さあ、仕事頑張ろう」という気になる。</p>

<p>最後に会ったとき、こんなことを言っていた；<br />
「サンフレアと仕事をするのはとても面白い。日本のコーディネーターとのやりとり、日本から送られてきた英文の原稿、全てがヨーロッパ人のやり方とは違うのよ！これって、いいとか悪いとかの問題じゃなくて、“日本の文化”よね？　私はサンフレアとの仕事を通してそういう今まで縁の無かった“日本の文化”の一部に触れているの。それってラッキーだと思わない？　だからこの仕事はやめられない。」</p>

<p>6歳の頃から外国語に興味を持っていた彼女。自分に時間的余裕さえあれば欧米言語以外の言語（日本語、アラビア語、中国語など）も真剣に勉強してみたいという。</p>

<p>「でも残念ながらそれは老後の楽しみになるかな。今から日本語でも稼げるようになるにはちょっと年をとり過ぎたわ。」</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-10-15T16:09:08+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000329.html">
<title>ヨーロッパの翻訳者　～　イタリア語翻訳者ラファエラさん（前半）</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000329.html</link>
<description><![CDATA[<p><strong><em>＜最初の出会い＞</em></strong></p>

<p><img alt="DSCF0513.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0513.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
コーディネーターとして駆け出しの時、会社のHPの6カ国版を作る、というプロジェクトを担当したことがあった。<br />
6カ国語は全てヨーロッパ言語で、当時売り出しはじめたSDLXという翻訳ツールを使っての作業が予定されている。<br />
まず最初にクリアすべきことは６カ国語の翻訳者を調達することなのだが、その時のイタリア人翻訳者との出会いが今の自分の職業観に与えた影響は大きい。</p>

<p>彼女の名前はラファエラ。<br />
初めてコンタクトをとったのは、電話でであった。<br />
その際、こちらは日本の翻訳会社で、英語→イタリア語のHP翻訳の案件でご相談したい云々、と切り出した覚えがある。<br />
最初の彼女の反応は芳しいものではなかった。「日本の」という言葉に警戒心を持ったのは明らかである。この種の反応は初めてではない。個人の翻訳者は万が一の場合に支払いを訴求できない外国の翻訳会社からの発注は警戒して避ける傾向があるのである。</p>

<p>とっさに相手の不信感を感じとった私は、「とにかく一度お会いできませんか？　お仕事を受けて頂くかどうかは、まずこちらのお話を聞いて頂いてから」と、誠意を込めて提案してみた。<br />
もう時間はない。この最初の面談で、なんとか相手の信頼を取り付けなければならない。<br />
私は自分のノートPCにプロジェクトに関する資料の他、自分の身分と会社について説明できるあらゆる情報を詰め込んで彼女の指定した喫茶店へ向かった。<br />
時間きっかりに現れた彼女は、喫茶店でただ一人アジア人である私を見つけ、満面の微笑みをたたえて近づいてきた。先ほどの電話口の応答からは想像がつかない笑顔である。彼女が入ってきただけで店の温度が一度上がったと思う程、一種のエネルギーを感じた。<br />
ウェーブがかかった豊かな明るい栗色の髪。暖色がセンス良く取り合わされた個性的な服装。小柄だが、存在感のある人だ。<br />
席に付き、軽く自己紹介を交わしたあと、我々は直ぐに本題に入った。<br />
この翻訳は、今まで主要なツールであったTRADOSではなく、当時まだ市場に出て間もないSDLXというツールを使った作業となるために、本人の前である程度実演してみせる必要があると思っていた。<br />
そこで、持ってきたノートPCを開き、既にSDLXに組み込まれた原本ファイルで実演しながらツールの使い方を一から説明し始めると、<br />
「ちょっと貸して」と、彼女は画面を自分の方に向け、上から下へと、ものすごい早さでイタリア語を入力し出した。ちょうどプロのピアニストが、新しいピアノの癖や使い心地を確かめる為に何曲かサーッと弾いてみる、そんな感じであった。<br />
翻訳を入力しながら、「用語を選ぶ時はどのキーを押すの？」「保存するときは？」<br />
「行をジャンプするのに、一番早い方法は？」「この固有名詞は造語っぽいけど、どういう意味？」等々、矢継ぎ早に質問を投げてくる。<br />
どの質問も具体的でクリア。ダイレクトに本題に切り込んでくる。しかし不思議と失礼な印象は受けない。彼女と頭をフル回転せざるを得ないスピーディーな問答をしている間、私は初めてこの欧州でプロとして看板を掲げている翻訳者のレベルというものに触れた気がした。百聞は一見に如かず。数週間かけて講義や研修を受けるより、一流の完成品を一目見た方がはるかに学ぶ事が多いことがある。もちろん、私はイタリア語を学んだことはないし、彼女の過去の翻訳作品を専門家と評定した訳でもない。しかし直感的に分かる。この人はプロだと。</p>

<p>そして、凄い早さでファイルに一通り目を通し、人のPCを色々いじって（？）ツールの使い勝手も一通り押さえたあと、「OK。日本の会社と仕事をするのは初めてだけど、この仕事、あなたを信頼してお引き受けするわ。明日中に発注書を送って。」と、快諾してくれた。<br />
そして、一言残念そうに、<br />
「あ、さっき入力した翻訳、保存しなかったでしょう？　残念ねぇ。まあたいした量じゃないからいいか。」<br />
正直いって私は、さきほど彼女はただ単にツールの使い心地を試す為に、適当なイタリア語を入れていただけだと思っていたのだ。しかし本人はちゃんと「翻訳」していて、１セグメントに平均してかかる翻訳の時間というものを計算していたのだった。<br />
そしてその上で、自分がファイル全体を翻訳するには何時間必要か、他の仕事と掛け持ちしても納期までに間に合うか、という計算を瞬時にしたのであった。</p>

<p>その後、正式な発注書を出して本格的に翻訳を始めてもらったのだが、１ヶ月ある納期で彼女は２週間で納品してきた。他の仕事も抱えていたので、それらを仕上げてから取りかかってくれたので、他の５人よりもスタートは２週間くらい遅かったはずだ。しかし品質的には申し分のない翻訳を納品してくれた。</p>

<p></p>

<p><br />
<em><strong>＜プロなら一日3000ワード。自分の最高は5000ワード＞</strong></em></p>

<p>彼女のプロ翻訳者としてのスタンスははっきりしている。<br />
品質とスピード。そして忘れてはならないのが営業的センスだ。<br />
まず、品質。誰が判断するかというと、言語学者でもなく自分でもなく、発注者であるクライアント、あるいはその発注者のクライアントである。どんなに「私の翻訳は文法的には間違っていない」と主張しても、クライアントが望む結果になっていなければもう注文はこない。一方、クライアント、ひいてはそのクライアントのニーズを先読みする翻訳サービス、いわば痒いところに手が届くような翻訳をすれば、彼らが離れるわけはない。それどころか口コミで客層は広がるばかりである。<br />
だから、どんなに馴染みになっても気は抜けない。彼らをつなぎ止めておくためにはよい仕事をするしかないのだ。</p>

<p>一方、クライアントが広がっても、彼らの注文をカバー出来なければ意味がない。注文が来るたび「すみません。現在他の仕事で手一杯で」とばかり言っていては、新規顧客はおろか固定客も離れていってしまう。また、１ワード訳してなんぼの世界なので、高収入を望むのであれば数をこなせなければ話にならない。その意味でも、「スピード」はプロ翻訳者として、品質と共に不可欠な要素なのである。<br />
ラファエラ曰く、<br />
「我々の業界でよく言われる基準は、一日3000ワード。私の最高は１日5000ワード。」<br />
では気になる彼女の収入は？　数年後大分親しくなってから聞いてみた。<br />
平均月額で4500ユーロ。通訳業が入った月は8000ユーロを超えるという。</p>

<p>もちろん、これだけ稼ぐには普通のサラリーマンとは違うライフスタイルになるのは当然である。まず、土日に働くのは当然、忙しい時は一日15時間仕事に精を出すという。通訳者という顔も持つため、移動の多い毎日であるが、いつでもクライアントが連絡をとれるように通信環境は万全にしている。VAIOとi-Phoneは世界中どこに行っても手放さない。<br />
何年も彼女と仕事をしているが、メールでも電話でも、レスポンスの早さは群を抜いている。また、どんな仕事でも彼女から多忙を理由に仕事を断られたことは一度もない。<br />
彼女のメールは（電話も）とても短い。即答即決。フリーランスという立場上、本業の他に秘書業も営業も経理も一人でこなさなければならない。時間をかけて慇懃な対応をするより、最小限の時間と言葉でクライアントに即答することを自分の営業スタイルとしている。</p>

<p><img alt="DSCF0514.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0514.JPG" width="448" height="336" /><br />
<em>パリの喫茶店で打ち合わせ中、iPhoneに目をちらり。「あ、日本のサンフレアのコーディネーターからメールが１本入ってる！」</em></p>

<p></p>

<p></p>

<p>では年柄年中仕事漬けになっているかというと・・・・・　<br />
続きは後半で。 </p>

<p><br />
</p>]]></description>
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<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-10-14T21:29:12+01:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000321.html">
<title>Baptême（洗礼式）に招かれて～　葡萄畑のあるブローニュの森の隠れ家</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000321.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="DSCF0582.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0582.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p>パッシーの教会から車で10分。<br />
ブローニュの森の中にひっそりと佇むその邸宅は、“パリ・バガテルの葡萄畑”というその名の通り、パリで唯一葡萄畑を栽培している個人宅である。<br />
http://www.lavignedeparisbagatelle.com/</p>

<p>蔦が絡まる鉄格子の門をくぐって石畳を渡ると、クリーム色の石造りの建物から女主人と制服を着た使用人が迎え出てきてくれた。<br />
吹きぬけの玄関ホールには、既にイタリア人の先着組みがシャンペングラスを片手にアペリティフを楽しんでいる。<br />
さすがは、イタリア人。アペリティフには、生ハムの盛り合わせや、生野菜のディップ、乾き物などが、綺麗にテーブルに並べられていたのだが、私達がそこにたどり着く頃には、生ハムの皿だけが綺麗になくなっていた。<br />
主役の赤ちゃんは？というと、安らかにお眠り。。。母親である友人も、ここぞとばかりに揺り篭を人気の少ない荷物置き場（？）に置いてアペリティフに合流。招待客一人ひとりを回って挨拶をはじめた。<br />
この様子を横で観察していると、改めてこの友人の達者な語学力に敬意を表せずにはいられない。前から知ってはいたが、彼女、ポリグロットなのである。彼女自身はポーランド人なので、自分の家族にはもちろんポーランド語で話すが、ご主人方のイタリア人ファミリーには、イタリア語、ドイツから来た友人にはドイツ語、そして私達夫婦にはフランス語と、人によってクルクルと言語を変えて話をする。しかも混ざらない。<br />
そんな彼女の多言語通訳のお陰で、最初は国籍ごとに固まっていた（？）我々招待客も、直ぐに打ち解けて親しくなった。</p>

<p><br />
<img alt="DSCF0598.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0598.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
<img alt="DSCF0585.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0585.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
食事は、サロンと一続きになったダイニングルームで行われた。テーブルの上には、友人の筆跡でそれぞれの招待客の名前が書かれたカードが置いてある。<br />
招待客の間で「言葉の壁」という問題があるだけに、席順を決めるのに、友人夫妻はかなり頭を悩ましたに違いない。</p>

<p>確かに、席順が決まった長テーブルの食事は、概ね息苦しくなりがちである。<br />
立食式と違って一度着席してしまうと自由に移動できないし、全く言葉の通じない人に挟まれたら食事の間中、気詰まりな思いをする。</p>

<p>しかし、計算され尽くした席順と配慮の行き届いた演出のお陰で、会食は言葉の壁を越えて和やかに、そして自然な雰囲気の中で進められた。<br />
この会がとても居心地のよいものになったのには、もう一つ、この建物、というか食堂の構造がととても解放的で、室内にいながら光と緑を沢山感じられるからではないだろうか。<br />
サロンと一続きになった食堂の窓は食事の間も常に開け放たれていて、庭に直接おりられるようになっている。２時間以上にわたる食事の間も、気分の赴くままに席を立って庭を散歩できる。レストランではなく、個人の邸宅だからこそ味わえる開放感である。</p>

<p></p>

<p><img alt="DSCF0579.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0579.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
「お庭でいかがですか？」<br />
給仕の人が気を利かせて、食後のコーヒーを庭でとるよう勧めてくれた。<br />
サロンのソファーで寛ぐ人、コーヒーカップを持って庭に移動人、各自が皆、すきずきに会食の最後のひと時を楽しんだ。<br />
庭におりると、右手にこの邸宅自慢の葡萄畑が目に入る。小規模ながらもちゃんと収穫が行われ、そこで採れた葡萄はワインに加工されるのだそうだ。</p>

<p><br />
<img alt="DSCF0580.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0580.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
主役の赤ちゃんは会食の間、泣き声もあげず終始ごきげん。色々な人に代わる代わる抱っこされても、荷物置場に揺り篭ごと置きっぱなしにされても、全く余裕である。<br />
彼女が大きくなって、結婚式を挙げる年頃になったら、きっとこの“パリ・バガテルのブドウ畑”で洗礼式のお祝いをしたことを両親から聞かされるだろう。そして、第二の人生の門出をもう一度ここで祝うことになるかもしれない。</p>

<p><img alt="DSCF0588.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0588.JPG" width="448" height="336" /></p>]]></description>
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<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-06-15T23:00:33+01:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000318.html">
<title>Baptême（洗礼式）に招かれて</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000318.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="DSCF0566.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0566.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><br />
５月１８日。<br />
まだまだ肌寒いけれど灰色の空に新緑が明るさを添えはじめる季節。<br />
去年の１２月に生まれた友人夫妻の赤ちゃんの洗礼式に夫婦で招待された。<br />
私自身はキリスト教徒ではないし、日本でもカトリック教徒の洗礼式に招待されるという経験はなかったので、光栄さと好奇心も手伝って喜んで参列させてもらった。</p>

<p>洗礼式はパリ１６区のノートルダム・ド・アソンプション・ド・パッシーという教会で行われた。<br />
集合時間の12時15分に教会の前に赴くと、友人の家族と見られる礼装した人々が既に集まっていて、和やかにお喋りをしていた。<br />
彼らのお喋りに耳を傾けると、フランス語は一言も聞こえてこない。<br />
イタリア語、ポーランド語、ドイツ語．．．．。<br />
それもそのはず。<br />
友人夫妻とはイタリア人の夫とポーランド人の妻という国際結婚カップルなのだ。<br />
その二人がドイツで出会い、イタリアで結婚し、フランスで子供をもうけた、ということで、家族・交友関係もかなりインターナショナルになってしまった。<br />
35人の招待客中、フランス語を理解するのは、神父と夫と私だけ。<br />
フランスにいながら、私達夫婦は最も少数派に属することになってしまった。</p>

<p>洗礼式の始まりを告げる合図があり、皆礼拝堂の席に腰掛けた。<br />
さあ、これら多国籍参列者の前で神父はどの言語を使うのか．．．。</p>

<p>なんと神父はこちらの予想を超え、二国籍カップルの家族に配慮すべく、イタリア語とポーランド語の二ヶ国語で式を進めたのである。<br />
信者でない私は、ひたすら神父の堪能な語学力と厳かな雰囲気に感動することしか出来なかったが、敬虔なカトリック教徒である友人夫妻にとっては感無量の出来事だったらしい。<br />
神父が赤ん坊の頭に水をかけた瞬間（赤ん坊はギャーッと泣き出したのだが）、二人とも感動のあまり涙ぐんでいた。</p>

<p><br />
<img alt="DSCF0571.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0571.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p></p>

<p>これで自分達の子供の誕生がカトリックの世界で認められたという安心感と誇らしさ。<br />
“キアラ”と名付けられたこの小さなハーフの女の子は、その後、教会発行の洗礼証明書を授与され、晴れてカトリック教徒となった。<br />
将来結婚式を教会で挙げるときは、この証明書が必要だという。</p>

<p>洗礼式が終わった時、時計はすでに午後１：30を回っていた。<br />
「さあ、みんな！お食事をしながらキアラの洗礼をお祝いしましょう。」</p>

<p>友人が招待客の為に手配したタクシーが続々と教会の前に到着した。<br />
行き先はブローニュの森の中にある個人所有の邸宅。<br />
友人が今回のレセプションの為に半日借り切ったという。<br />
この場所のセレクティングに彼らがかなり自信を持っていたのを知っていたし、お腹もかなり空いてきたので、いそいそと車に乗り込んだ。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-06-08T17:55:44+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000317.html">
<title>フランスにみる少子化対策～第９話（最終回）　母親になっても．．．</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000317.html</link>
<description><![CDATA[<p>女性の職業事情、国のバックアップシステム、カップルの形態．．．<br />
フランスの女性がこんなにも飛躍的に子供を産むようになった要因を色々挙げてきたが、つまるところ、これら全ての現象が、子供中心ではなく「大人中心の社会」が具体化された形ではないかと思う。</p>

<p>この「大人」達は、自分達の人生をどのように演出していくか、いつも真剣である。<br />
子供を作ると決めるのも、「自分の人生を素晴らしくするには子供が必要だから」。<br />
そして子供の存在は自分の人生の1部であって全てではない、と言い切ることをいとわない。</p>

<p>女性にとっても、子供と仕事、恋愛（夫との関係も含めて）、友達との付き合い．．．<br />
これらはどれか一つ選ぶべきものではなく、全て人生を豊かにする上で必要なものと看做されている。<br />
フランスの女性は、母親だけになり切ることを断固として拒否し、これらの要素をいかにバランスよくこなすかに忙しい。<br />
そして、そのためには、大きな出費をして子供を他人に預けるのもいとわない。</p>

<p>日本人の感覚からは、こういう彼女達の意識が、母親として中途半端とか、我まま、無責任と感じられる部分もあるかもしれない。<br />
しかし、この母親達のある意味での我まま、バランス感覚が「育児ストレス」ひいては「幼児虐待」という社会問題を縁遠いものとしているのは確かである。</p>

<p>「自分勝手」なフランスの大人たちは、他人の「自分勝手」にも寛大である。<br />
妻子のある男性の子供を一人で産もうが、子供が出来た後に男性が別の女性のもとに走っても、社会的、法的に糾弾されることはない。<br />
ラテン人の国らしく、こういう場面には皆、「人生とはそういうものだから仕方が無い」と、実にアッサリ理解を示す。</p>

<p>実際、くっついたり離れたりと何かと慌しいフランスの恋愛社会において、離別後、二親の間を一週間ごとにボールのように交代で過ごさせられる多くの子供達を見ていると、確かに大人の身勝手さを感じざるを得ないことがある。</p>

<p>しかしそういった弊害を差し引いても、「子供を作り育てる」ということについて、どういう動機で、どんな相手とどんな方法でやっていくかについて、世間から干渉や批判を受けずに、自由に決められ、且つその結果についても平等の待遇を受けられる社会の方が、古典的な「母親のあるべき姿」が規範として根強く存在している社会よりも、出生率への足かせは少ないようだ。</p>

<p>子供を持つフランス人の友人はいう；<br />
「子供の幸せはもちろん重要。でもその為には、まず母親である自分が生き生きして幸せでなければね。」<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-06-01T23:59:16+01:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000315.html">
<title>フランスにみる少子化対策～第８話　もはや“普通”の高齢出産と婚姻外出産</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000315.html</link>
<description><![CDATA[<p>週末、天気のいい日に公園や街を散歩していると、「出生率２（※2006年2.01／ 2007年1.98）という数字の迫力を間近に体験できる。<br />
歩道はベビーカーで溢れかえり、芝生や砂場は足元もおぼつかない小さい子供達で埋め尽くされる。<br />
しかし彼らの保護者に目を向けると、必ずしも若くはない。どう見ても、大多数が30代半ばから40代後半ではないか、との印象をうける。　白髪の紳士が子供と遊んでいるのを見て、孫のおもりをしているのかな？と思いきや、子供が「パパ！」と呼んでいるのに驚かされたりする。</p>

<p>この光景を見て、誰もが「高齢出産」という言葉を頭に浮かべるのではないだろうか。<br />
仏国立統計所の発表によると、2007年の平均出産年齢は29.8歳。新生児の21.1％が35歳以上の女性から誕生したというのだから、この印象もまんざら外れていない。</p>

<p>女性が職を持つことが当たり前とされているフランスでは、子育てと仕事が両立しやすいような社会的制度と文化があることは前に述べた。しかし、それらは当然、健康的・年齢的限界という医学的なハンディーまでは解決できない。<br />
そこでフランスは、「子供が欲しいけれど授からない」という女性達に、医療面でも全面的な支援策を用意している。</p>

<p>フランスでは妊娠、出産に関する費用は全額国負担であることは周知のとおりだが、いわゆる「不妊治療」についても、一定の手続きさえ踏めば、100％保険で受けられる。<br />
例えば、日本では保険のきかない「体外受精」については、42歳まで年４回を限度として保険で行える。もちろん保険でカバーされるのは、診察費・手術費の他、エコグラフィー、注射、薬、血液検査など全ての付随的な医療費も含まれている。<br />
この不妊治療の究極の方法である「体外受精」も、健康保険証（仏語ではCarte Vitaleという）を持っている人なら特別な条件無しに等しく保険で行うことが出来るので、不妊に悩む女性にとっては力強い。<br />
そしてこのことが、フランスの出生率の重要な引き上げ要因の一つとなっていることは言うまでもない。</p>

<p>高い出生率に関して、フランスならではの面白い特徴がある。<br />
2007年、フランスでは初めて未婚カップルの間に生まれた子供の割合（50.5％）が既婚カップルにできた子供の割合を上回ったという。<br />
この「未婚カップル」の内訳は、①普通のカップルだが、本人達の方針で「結婚しない」と決めているパターン　②片方あるいは、双方に既に配偶者がいるため（いわゆる不倫）結婚せずに子供を作ったカップル、③同性カップル同士で子供を人工授精で作ったパターン、などである。</p>

<p>そして、未婚カップルの間の子供がこれほど多いのは、この国では「両親が結婚していない」という事実が子供にとって、もはやハンディーではなくなった　（戸籍や相続面における婚外子差別は撤廃されている）　だけでなく、物理的、社会的にも「結婚」という制度が子供を持つための「必要条件」ではなくなったからである。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-05-25T16:33:12+01:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000311.html">
<title>フランスに見る少子化対策～第７話　よいヌリス（ナニー）に巡り合うのは難しい？</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000311.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="DSCF0564.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0564.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><em><strong>昼下がりの公園の典型的な風景～子供達を遊ばせながら、世間話に花を咲かせるヌリス達。アフリカ系や東欧系の女性が多い。</strong></em></p>

<p><br />
ナニーつまりヌリスに毎日自宅まで通ってもらい、一日中子供を見てもらうことは、経済的に余裕さえあれば供働きの家庭にとってはとても便利な託児法である。<br />
日本と違い、中間管理職クラス以上の家庭になれば、ヌリスを雇うことはそんなに珍しいことではない。ただ、最低でも１ヶ月に、（日本円に換算して）４０万円以上かかるので、実際は、超高所得家庭でない限り、３家庭くらいで一人のヌリスをシェアすることが殆どである。</p>

<p>しかし、ヌリスは面識のない赤の他人だけに、雇用者家庭との相性、能力の面でかなり当たり外れがあり、ピッタリ気に入ったヌリスに出会うのはそう簡単でないらしい。<br />
例えば、私のフランス人の義姉は“英国上流社会流”保育をスペシャリティーとするヌリスを雇ったが、あまりにもそのメソッドが厳しく、マニアックだったので（ex.親が子供の頬にチュッとむやみにキスをするのを禁止）１週間で辞めてもらったという。</p>

<p>逆に、あまりにも怠慢なヌリスにしか巡り合わず、２年間に３人以上変えた友人もいる。　この友人からクビにされたヌリスは、雇われた最初の数週間は真面目であった。しかし慣れてくるにつれ、遅刻や当日朝のキャンセルが頻繁になり、挙句の果てには育児の合間に毎日のように長電話をしたり、勝手に彼氏や友達を頻繁に家に呼び入れたりするようになったという。<br />
しかしこの友人、４人目にしてやっと理想のヌリスに出会うことができた。<br />
なんと“男性”である。<br />
さんざん“女性のヌリス”にイライラさせられた彼女曰く；<br />
「ヌリスで失敗しないためには、男の子を雇うことよ！　男の子を雇ってから、今までヌリスに抱いていた不満が一切解消されたわ。　彼はまだ20代前半だったのに、それはそれはプロ意識が高くて、無遅刻無欠勤、言われたことややるべきことを淡々と丁寧にこなしてくれた。ヌリスは何も女性に限定された仕事ではないと初めて実感したわ。」</p>

<p>　　　　　　　　＊　　　＊　　　＊<br />
ところで、アメリカ（最近日本でも）では家政婦や親による「幼児虐待」がかなり問題になっているようであるが、フランスでそれが社会問題としてとり扱われたのをまず聞いたことが無い。私の交友範囲の中の反応も「それってアメリカでよくあるらしいわね」と、まったく他人事である。</p>

<p>「幼児虐待」の主な原因が保護者の“育児ストレス”から来るのだとすれば、確かにフランスではこの問題が発生する条件が少ないのかもしれない。<br />
まず、母親たちは育児ノイローゼになる暇もなく、出産後数ヶ月ですぐ仕事場に復帰する。<br />
子育てのシンドイ部分は外の人任せだから、育児でストレスが溜まって自分がコントロール出来なくなるまで追い詰められたりはしない。<br />
むしろ、限られた時間にしか会えないわが子に「厳しく出来ない」ため、極度な甘やかしとしつけの不十分さが逆に社会問題として取り上げられることがある。<br />
ヌリスや家政婦についても、ラテンというお国柄かもしれないが、かなりマイペース、あるいは割り切っていて、ストレスやイライラを感じるほど自分を追い詰めて仕事をしない。</p>

<p>（続きます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-05-18T23:53:51+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000303.html">
<title>フランスに見る少子化対策～第６話　保育園が無理でも．．．</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000303.html</link>
<description><![CDATA[<p>この「子供の社会化」という概念、今、フランスで特に大切にされている概念である。<br />
親も、子供の社会性が少しでも身につくようにと、積極的に集団生活が予定されている保<br />
育園に預けようとする。</p>

<p>残念ながら子供を保育園に入れられなかった場合、よく使われる手段が「保育ママ」制度。<br />
子育てがひと段落した女性の家に子供を預けるというシステムである。<br />
保育ママは、最大３人まで子供を預かれる。<br />
保育ママには、保育士に要求されるような試験や看護士資格は必要ないが、自治体からの認定を受け、子供の受け入れ環境などについて公的機関からコントロールを受ける。<br />
国からの減税措置や託児補助を併せると、実質負担は月200～250€くらい。<br />
費用的にも手ごろで、少数ながらも他の子供たちとの交流もある、ということで、現在フランスでもっともよく使われている託児法のようだ。</p>

<p>しかし「保育ママ」も今となっては保育園同様、深刻な空き不足に見舞われている。<br />
そこで、最後の手段は、「ナニー」の雇用。<br />
自宅にきて子供の面倒を見る人を雇用することである。フランス語では「ヌリス（愛称ヌヌ）」という。</p>

<p>これはとても高くつく。<br />
フランスの最低賃金が自給8.4€なので、仮にこの最低賃金で一日10時間ヌリスに見て貰うとしても、一月の費用は次のようになる。<br />
まず、ヌリスの額面給与は8.4€×10（ｈ）×20（日）＝1680€<br />
これに、雇用者負担の社会保険料（被雇用者給与額面の約50％）をたすと、<br />
1680€＋840€＝2520€（日本円で約428,400円）という金額になってしまう。<br />
普通の一般家庭では、減税措置や補助金をうけてもかなり負担になる金額である。<br />
そこで、同じ年端の子供を持つ複数の家庭がヌリスをシェアしたりする（各家庭が交代でヌリスに来てもらう）。<br />
例えば３世帯で分ければ費用も３分の１になるから、かなりの節約になる。</p>

<p>「ナニーを雇っている」というと、日本ではどちらかというと特殊な家庭のイメージがあるのだが、ここフランスでは、どちらかが中間管理職以上の共稼ぎの家庭では普通にみられることである。</p>

<p>家庭にもよるが、馬が合えば、生まれて数ヶ月から1０歳くらいになるまで子供の面倒を見てもらうヌリス。<br />
子供にとっては第二の母親のような存在であるし、彼女が子供に与える影響も大きい。</p>

<p>ただ、ヌリスを雇うということは、家庭の中に「他人」を長期間入れるということである。<br />
そしてそれ故に問題やトラブルも絶えないようだ。</p>

<p>（続きます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-05-10T23:03:43+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000287.html">
<title>フランスに見る少子化対策～第５話　激戦！保育園</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000287.html</link>
<description><![CDATA[<p>まず職場復帰したい母親達の夢は、「保育園」に子供を預けること。</p>

<p>なぜ、「夢」と大げさにいうかというと、それだけ預けられる可能性が少ないということと、親にも子供にとっても預けられた場合のメリットがとても大きく、ラッキーだと考えられているからである。</p>

<p>パリのような大都市になると、保育園の数が希望者に対して圧倒的に少なく、子供を預けられる人は10％に満たないという。<br />
保育園には生後3ヶ月にならないと受け入れてもらえないが、なにせ誰もが定員に空きが出来るのを虎視眈々と狙っている。<br />
パリでは妊娠がわかったら直ぐに希望の保育園に申し込み手続きをする、というのが常識となっている。</p>

<p>でも、どうしてそんなに保育園がいいのか。<br />
公立・民間に拘わらず認可保育園は、地域にもよるが、大体午前７時～午後７時くらいまで子どもを預かってくれる。また、ほかの託児手段（ベビーシッターの雇用等）に比べて費用がかからない（所得や子供の数に応じて一日３ユーロ～29ユーロ）という点も魅力である。</p>

<p>しかしもっと本質的な理由がある。<br />
保育園が、保育のプロフェッショナル集団だということだ。<br />
そして、そのプロに子供を託することは、彼らの成長・発達にとてもプラスになる、という親の熱い期待がこめられている。</p>

<p>保育士は、既に看護士或いは助産婦の資格保有者であることが前提である。<br />
更に保育士の資格を取るためには、その後に理論、実技を含めて約１５００時間に渡る専門教育を受け、国家から免許を受けなければならない。この専門教育を受けるには、国の選抜試験に合格する必要がある。　<br />
また、保育士のほかに、保育補助員、臨床心理士、さらに遊びや玩具などを監督して子供達の成長をサポートする幼児教育者という専門職員も存在する（もちろん彼らは皆、有国家資格者である）。</p>

<p>そんな彼らが掲げる究極の目的、それは「子供の社会化」である。<br />
母親との関係を再現したり母親の不在を埋めたりするものでは決してない。<br />
彼らは保育のプロという独特の視点で、子供が一人の人間として母親がいなくても他の大人や子供達と十分にコミュニケーションできること、精神的な自立を促すことを主眼に保育をする。<br />
だから、母親と離れて泣きじゃくる子供を抱き上げたり、赤ちゃん言葉で話しかけるということはしない。その代わり、「目を見ながらしっかり話して説得する」という。<br />
子供の動作や遊びにも直ぐに介入して手助けすることはせず、子供が一人で学び、経験するよう監督している、というスタンスのようだ。</p>

<p>(つづきます)<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-05-01T13:26:10+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000256.html">
<title>フランスに見る少子化対策～第４話　職業にこだわる母親達</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000256.html</link>
<description><![CDATA[<p>女性は男性と同様、社会に出て働くことが前提となっているフランスでは、<br />
妊娠すること、或いは妊娠していることが、キャリア上のハンディとならないように配慮されたシステムが存在する。</p>

<p>例えば、女性は特に団体協約で定められた優遇規定の適用を受けたい場合を除いて、自分が妊娠していることを雇用主に通知する義務はない。雇用主も女性が妊娠していることを理由に採用を拒否したり、解雇したりすることは法律で禁じられている。<br />
そして法律で定められた産前６週間、産後１０週間（計１６週間）の産休期間は、ほぼ手取りの給料と同額が支給され（上限あり）、出産前に２年以上連続で働いた女性には二人目以降の出産後、子供が３歳になるまでは育児休暇を取る権利もある。育児休暇期間中は無給だが、そのかわりに国から育児休暇手当てが出る（月５３０ユーロ）。<br />
しかも、産休・育休から職場復帰するにあたっては「前のポスト、或いは少なくとも同等の報酬で同等の仕事に戻れる」ことが法律で保障されている。</p>

<p>産休、育休後の職場復帰につきものの懸案事項、「復帰後ポスト」についてまで国が配慮してくれているのだから、フランス女性はさぞかし自由で融通の利くライフスタイルを送っているように思える。<br />
しかし、実際に色々な人の話を聞いてみると、法律で保障されているものの、産休に加えて育児休暇をとる人は全体の２割前後にすぎないという。<br />
いくら法律で職場復帰後のポストが保障されていても、実際は会社を空ける期間が長ければ長くなるほど、他の人に自分のポストを奪われる可能性が大きくなるし、事実上、自分は第一線の戦力としてはカウントされなくなってしまうからである。<br />
さすがに育児休暇に関しては、「権利としてはあるが、目一杯行使すると不真面目な人と看做される」傾向があるようだ。日本の有給休暇完全消化に対する感覚に似ている。</p>

<p>また、これは個人の所得差にもよるが、無給で月々の育児休暇手当をあてにするよりも、フルに働いて通常の手取りをもった方が経済的にも安定する、という面もある。</p>

<p>というわけで、働く女性のほとんどが産後１０週間で職場に復帰する。</p>

<p>ということは赤ちゃんはまだ３ヶ月。そして仕事はフルタイム。<br />
どうやってフランスのお母さんはこれからの育児を乗り切っていくのか。</p>

<p>フランスは、母親の仕事と子育ての両立を可能にするような託児法、学校制度がある。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-04-24T21:35:30+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000255.html">
<title>フランスに見る少子化対策 ～ 第３話　結婚式でも発せられる「無職」という言葉</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000255.html</link>
<description><![CDATA[<p><img alt="IMG_0021.jpg" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/IMG_0021.jpg" width="448" height="336" /><br />
<em><strong>市役所で行われる民事婚。 主催者である市の職員が新郎新婦を祝福する。</strong></em></p>

<p><br />
フランスと母国日本の文化の差を決定的に感じたのは、市役所で行われる結婚式（民事婚といって、フランスでは結婚式を市役所で行うことが義務付けられている。）にはじめて招待された時だった。</p>

<p>結婚の儀にあたり、三色国旗のたすきをかけた市長或いは市の担当職員が、新郎新婦のプロフィールを招待客の集まる広間で朗々と読み上げる。</p>

<p>「新郎○○、△国籍、営業課長、××年×月×日、△国△△県で、父○○、母○○の下に生まれる」<br />
「新婦○○、△国籍、無職、××年×月×日△△県で、父○○、母○○の下に生まれる．．．」<br />
なんと、結婚式というおめでたい席でも“無職”という言葉は国籍と同様、容赦なく発せられるのである。</p>

<p>こんなふうに、ことあるごとに「あなたは何屋ですか？」「何をして生きている人ですか？」と問われる社会で生きていれば、よほど特殊な環境にいる人を除いて「自分は何屋なんだろう」と、いやでも自問せざるを得なくなるし、「自分は何屋でもない」ということになると、何となく居心地の悪いものだ。<br />
フランスの女性が、結婚・出産という人生の大事業を遂げながらも、それを理由に仕事を辞めないのは、そういった環境と意識も大きく影響していると思う。</p>

<p>経済的、社会的理由から、女性は基本的に働くことが前提となっている以上、少子化対策もそんな女性達に対する深い配慮なしには成り立たない。<br />
妊娠・出産が一切キャリア上のハンディにならないという保障がない限り、女性は安心して子供を作れないからだ。<br />
そこでフランスはこの点を重視し、出産・子育てをしながらも女性が仕事を続けていけるように、とても充実したシステムを用意している。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-04-17T21:47:17+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000252.html">
<title>フランスに見る少子化対策 ～ 第２話　あなたのメチエ（職業）は何ですか？</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000252.html</link>
<description><![CDATA[<p>フランスに滞在することになった日本人の既婚女性達からよくこんな話を聞く；</p>

<p>フランスに住み始めて、少しずつフランス人と知り合う機会ができると、まず最初に聞かれるのが、「Qu'est-ce que vous faites?　（ケスクブフェット？）」。</p>

<p>直訳すると「あなたは何をしているのですか？」だが、初対面の会話でフランス人からこれを聞かれたら「あなたのご職業は何ですか？」を意味する。<br />
この時、「専業主婦です」とか、「結婚する前は会社勤めしていましたけど、今は働いていません」などと答えると<br />
「あ、そうですか」と、そこで話がピタッと途切れるのが一つのパターン。<br />
もう一つは、「どーして働かないの？　家の中に閉じこもって気が変にならない？　社会との関わりがなくて辛くない？　職探しはしてるの？」<br />
というような趣旨のことを深刻かつ心配そうに聞かれるパターンである。</p>

<p>結婚して子供が出来た以上、よほどのことがない限り、仕事を辞めて子育てに専念するのが当たり前というか、よしとされている文化の国から来た者にとっては非常に余計なお世話な質問である。<br />
日本では、小さな子供のいる女性に「どうして働かないの？」なんてナンセンスな質問は投げかけないだろう。</p>

<p>しかしこの国では「働かない女性」が圧倒的に少数派なので、「子育てに専念すること」が働かないことの理由として理解されない。<br />
日本から来た専業主婦の女性はそこでちょっと肩身の狭い気持ちになるという。</p>

<p><br />
<strong>－ あなたのメチエ（職業）は何ですか？－</strong></p>

<p><br />
こういう感覚は経済的事情だけではなく、今のフランスの職業観にも由来しているのかもしれない。<br />
前記の「Qu'est-ce que vous faites?　（ケスクブフェット？）」＝「あなたのご職業は何ですか？」の質問に対しては、<br />
日本人の会社員だったら、「商社に勤めております」あるいは「衣料メーカーに勤めております」というような答え方をするのが普通だろう。<br />
しかしここでは「私は営業をやってます」とか、「経理をやってます」とか、その会社で何をやっているかを答えなくてはならない。<br />
勤めている会社自体の名前や業種はあくまでも補足情報にすぎないのだ。</p>

<p>つまり、ここで聞かれているのは、「あなたの職業（Métierメチエ）＝あなたのスペシャリティ」であって「お勤め先の会社のこと」ではない。<br />
イメージとしては、あなたは「何屋」ですか？　「営業屋さんですか？」「経理屋さんですか？」と聞いているのに近いのである。</p>

<p>この「あなたは何屋ですか？」という質問は、何か改まったことをするとき、例えば結婚するとき、不動産を売買したり賃貸するときに必ず発せられ、それに対する答えは口答で読み上げられ、書面に記録される。</p>

<p>会社勤めか否かに拘わらず、職業をその人の属性としてとらえる。<br />
そしてその属性は、性別とか国籍のように、結婚しているとか、子供がいるとかの事実に全く左右されない、その人のアイデンティティ構成する大事な要素の一つと看做されているのだ。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-04-10T21:53:10+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000251.html">
<title>フランスに見る少子化対策 ～ 第１話　女性は家計の戦力</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000251.html</link>
<description><![CDATA[<p>今回ちょっと長く書いてみたいテーマはズバリ「フランス版少子化対策」！</p>

<p>フランスの少子化対策が先進国の中でもかなり進んでいることは周知の通り。<br />
それを日本という、深刻な少子化に悩む国から来た一人の生活者の視点で観察してみた。</p>

<p><br />
<strong>－女性は家計の戦力－</strong></p>

<p><br />
少子化の問題と切っても切れないのが「働く女性をどうする？」という問題。</p>

<p>「お仏蘭西」という言葉があるように、フランスはとかく優雅とか、お洒落だとか、<br />
生活感と切り離されたイメージをもたれがちな国だ。<br />
そして個人的にも、その「お仏蘭西」に住むフランス女性というものは、お洒落と恋愛ばかりしていて<br />
夫や恋人から蝶よ花よと大事にされてていいなぁ、と思っていたものだ。</p>

<p>「いたものだ」、と過去形で書いたのは、実際は全く違っていたからであって、<br />
彼女達はそれはそれは逞しく（男らしく、といってもいい）、しっかりと地に足をつけて生きていたのだ。</p>

<p>基本的にフランスの女性は働いている。<br />
というか職を持っているといったほうが正しいかもしれない。<br />
独身女性ならば当然だが、既婚女性も子持ち女性も皆働いているのである。</p>

<p>日本では、結婚とか妊娠をきっかけに仕事を辞めることが結構普通に行われているが、<br />
フランスでは余程の大金持ちや資産家を除いて、<br />
「結婚したいから、なんとしても仕事を見付けなきゃ」とか、<br />
「子供が欲しいから、まずは就職しなきゃ」という発想をする。</p>

<p>つまり前者の例でいうと、彼女の方が現在失業中、という事実が彼氏の結婚の決意を阻んでいるということだし、<br />
後者の例でいうと、夫婦二人の収入なしに安心して子供を作れるわけがない、ということである。</p>

<p>「働くことに疲れたから、そろそろ結婚しようかな」などと言ったら、相手の男性は理解に苦しむどころか、<br />
かえって結婚を思いとどまってしまうかもしれない。</p>

<p>これは、前回のブログでふれたように、フランスの税金や社会保険料が物凄く高額なため、<br />
一家でそこそこ快適な生活を送るには共稼ぎは常識だし、<br />
その意味で女性は家庭の立派な経済的戦力としてカウントされているからである。</p>

<p>そういう二人で稼いでなんぼ、という所得体系の社会に生きてるので、<br />
女性の生活に対する経済的責任感と自立意識はとても高い。<br />
彼女達の収入は１００％自分のお小遣いになるのではなく、家賃とか、家のローンの返済とか、<br />
食費だとかの生活項目に割り当てられるのである。</p>

<p>（つづきます）<br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-04-04T10:05:34+01:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000250.html">
<title>カルチェ・ラタンのお昼ごはんに強い味方　～ “Au vieux colombier”</title>
<link>http://blog.sunflare.info/samizu_y/rkive/000250.html</link>
<description><![CDATA[<p>フランスは物価が高い。フランスの中でもパリは特に物価が高い。パリの中でも一際シックな街、カルチェ・ラタンのまともなレストランといったら、それはもう押して知るべし、ということで、この界隈で適正価格で美味しいものを食べさせてくれるレストランを見付けるのはなかなか至難の業である。</p>

<p>ところが、そんな物価高の波にも厳然と立ち向かい、昔からの味と質を守りつつ、良心的な値段でこの近辺で働く人達のお昼ごはんを支えている店がある。<br />
　お店の名前は“Au vieux colombier”。<br />
一見外見は地味だが、Renne通りとAu vieux colombier通りの交差点の角という、とても分かりやすい場所にある。<br />
店の中は決して広くないが、鏡とガラスが張り巡らされた内装、年季の入ったカウンターに、パリの古きよき時代のブラッスリーの風情が感じられる。<br />
夜も営業するが、まずはランチを試したい。目玉は日替わりの「本日のお料理」である。</p>

<p><br />
<img alt="DSCF0466.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0466.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p><em><strong>本日のお料理 ～ 子羊の腿肉ステーキとグラタン・ドフィノワ。これで１１ユーロ。</strong></em></p>

<p><br />
豪快で彩りのよい盛り付けが食欲をそそる。味付け、食べ応えともに外食に有りがちな味気なさがなくて、フランスの家庭料理のような優しさと安心感がある。</p>

<p>なぜ、こんな超都会にあるレストランの料理に「家庭」を感じるのだろうか？<br />
デリケートな塩加減とか、素材からでる自然な旨味を最大限生かしたごくシンプルな味付けとか理由は色々あるけれど、やはり他のレストランと一線を画しているのは「付け合せ」に対するまじめさだと思っている。<br />
「お肉とお野菜、バランスよく食べなさいね」という家庭のお母さんのメッセージみたいなものを、ここの付け合せに感じる客は私だけではないだろう。<br />
それは、メインのお肉やお魚の横にさりげなく添えられているサラダだったり、ジャガイモを使ったグラタンだったりするけれど、脇役でありながら素材、調理双方の点で絶対に手を抜いていない。 サラダは作りたてのドレッシングで和えたばかり。グラタンのジャガイモはホクホクした歯ごたえを残しつつホワイトソースの旨味をしっかり吸いこんでいてこれが絶品である。</p>

<p>最近、流行のレストランといわれるところでも、付け合せはお飾り程度のものが殆ど。本格的なお値段のわりにはあまりにもお粗末なので、作り手も付け合せまで食べてもらおうと思っていないのでは？と感じることすらある。フランスでは、他の品目にもれず野菜・果物の値段も容赦なく上がっているので、利益率を無視できないレストラン側のことを考えると、それも仕方の無いことなのかもしれない。<br />
そんな中、こういう地味な脇役に、新鮮な野菜をたくさん使って、主役のお肉と同じくらいまじめな「盛り」と味付けをする、そういうお店もまだ存在するのである。<br />
　<br />
移り変わりの激しいパリの飲食店。<br />
この店がずっと長く続いている秘訣は、こういうシェフの心意気にあるのではないだろうか。</p>

<p><br />
<img alt="DSCF0465.JPG" src="http://blog.sunflare.info/samizu_y/DSCF0465.JPG" width="336" height="448" /></p>

<p><br />
</p>]]></description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-03-27T23:32:06+01:00</dc:date>
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<title>映画の日～銀行からのプレゼント</title>
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<description><![CDATA[<p>銀行から1通の封書が届いた。</p>

<p>開けてみると、結婚式の披露宴で一人一人に配られるメニューカードのようなかしこまった招待状が入っている。<br />
何の「招待状」かというと、未公開映画の試写会の招待状である。<br />
二つ折りにしてある厚紙を開くと、支店長名義で<br />
「△△ご夫妻を未公開映画　“Il y a longtemps que je t’aime”　にご招待させて頂くこと、まことに光栄に存じます。2008年3月18日、19：30、○○映画館の7番ホールへのご来場、心よりお待ち申し上げております。」<br />
とある。<br />
銀行からこんな招待をうける云われは無いので、ちょっと首をかしげてしまった。<br />
大口預金者だけを優待するのなら、うちが招待されるわけがない。　<br />
でも、こういうサービス、顧客としてはちょっと得をしたというか、自尊心をくすぐられたというか、悪い気はしないものだ。</p>

<p>当日、夫と待ち合わせをして指定の映画館へ向かった。<br />
映画館のエスカレータを登りきると、既に担当の銀行員が待ち構えていて、速やかに招待客を貸切ホールに誘導していた。<br />
チケットを買うために長蛇の列を作っている一般客を尻目に、ちょっとした優越感に浸りながら渡り廊下を歩いていくと、<br />
「映画の春！　3月16. 17. 18日の３日間は　フランス全国　3.5 €　均一！」<br />
という大きな看板が目に付いた（＊通常新着映画は10€くらい）。<br />
よく考えてみると今日は3月18日。3.5 €　均一の日である。<br />
気分的にお得感が多少薄れてしまったが、何といってもチケットを買うのに長時間並ばなくてもいいし（特に、この時期の券買所はものすごい人ごみ）、未公開映画を先立って見られるのは嬉しかった。</p>

<p>ホールが招待客でほぼ満席になると、銀行の支店長がマイクを持って挨拶をし始めた。<br />
「我々○○ 銀行　××支店一同、いつも当行をご愛顧頂いている皆様をこのような会にお招きでき、誠に光栄に存じます。本日ご覧頂くのは“Il y a longtemps que je t’aime（＝昔からあなたを愛しています）” という映画でございます。<br />
なぜ、数ある未公開映画の中からこの映画を私が　―そう、選んだのはこの私なのですが―　選びましたかというと、まずタイトルが気に入ったからです。このタイトル、まさしく我が○○銀行××支店一同のお客様に対する気持ちにぴったり一致しているではありませんか（招待客苦笑….）。<br />
そして、この映画のストーリー、とても感動的です、泣けます。<br />
今夜は共に感動の涙を分かち合いましょう！　それでは、最後までごゆっくりお楽しみ下さい。」</p>

<p>ホールが暗くなる直前、周りを見回すと、顔見知りの銀行員が慌てて残っている前の方の席に腰掛けるのが見えた。</p>

<p>その日、銀行との距離がなんとなく少し縮まったような気がした。</p>

<p>フランスの銀行、いい意味でも悪い意味でも、フランスという国を実によく体現していると思う。<br />
この国に移住した当初、カルチャーショックを受けたのも、銀行との付き合い方だった。<br />
ここでは口座を開いたらそれで終わりではなく、必要なサービスを受けるためには、銀行と“うまく付き合っていくこと”が不可欠なのである。<br />
フランスの銀行事情については、日本のそれとは大きく異なるので機会を改めて書いてみたい。</p>

<p>さて、試写会後の感想。<br />
悔しいことに、支店長の予言どおり泣いてしまった！！！しかも夫婦そろって（何という不覚！）。<br />
ちなみにこの映画、2008年ベルリン映画祭でカトリック／プロテスタント エキュメニカル審査員賞（？？？）なるものを受賞しているらしい。</p>

<p><em>* Il y a longtemps que je t’aime<br />
<em>公式サイト：http://www.ilyalongtempsquejetaime-lefilm.com/</em><br />
<em>監督：フィリップ・クローデル</em><br />
<em>キャスト：クリスティン・スコット＝トーマス、エルザ・ジルベルシュタイン</em></em></p>]]></description>
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<dc:creator>samizu_y</dc:creator>
<dc:date>2008-03-21T01:20:28+01:00</dc:date>
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